沖縄の暮らしで感じたメリットその6〜家族関係〜

今回は沖縄に移住して9年目を迎える筆者が沖縄の暮らしで感じたメリットについてお話しします。こちらの記事は沖縄へ移住を考えている人、今の暮らし方、働き方に疑問を抱いている人、沖縄ですでに暮らし始めている移住者向けの情報です。

移住前の暮らし

夫婦共働き

移住前は、夫は社員300人規模の会社の管理職をしており、私は小さな会社の社長秘書をしていました。夫はよくある都会企業の管理職ゆえ毎日家に帰るのは11時頃。10時前に帰るのは希といっていいほど。土曜のサービス出勤の頻度も高かったです。朝は一緒にご飯を食べて、洗濯物を干し、子供たちを保育園に連れていくのが夫の役割。その後私は部屋の掃除を済ませ出勤。夕方子供たちを保育園にピックアップしてそこから夕飯の支度、お風呂、宿題、読み聞かせなどをして1週間が過ぎるという暮らしでした。本当によくある一般的な家庭です。特に上の子供は小児喘息がひどく朝、晩2回電動吸入器で吸入をしなくてはならない生活と週に一回小児科受診するほどいつも誰かしら具合が悪いといった環境でした。今思えば、高速道路の近くのマンションの一室で暮らしていたので当然です。でも当時気がつけばマンションを購入して多額のローンを抱え、なんの疑問もなくただ仕事と育児をこなす毎日でした。

移住を決意する1年前

今思えばこれは必然だったのか、移住する一年前に夫が起業をしたいと言い出します。やっと再就職をして出世もし安定してきた矢先のことでした。当初は副業として起業をするという内容で、具体的な内容はあまり把握しないまま起業だけ済ませて株式会社を作ることになります。夫の会社は副業を禁止していたので、私が社長に相談し私が代表取締役になるという形で起業をしました。いったいこの立ち上げた会社がどんな会社に育っていくのか当時は知る由もありませんでした。当時はお給料プラスアルファの収入をという感覚で法人を立ち上げた記憶があります。

おぼろげに考えていたこのままじゃという気持ち

都心のマンションも購入し、子供にも仕事にも恵まれ何不自由ない暮らしを送っていましたが、立て続けに同世代の知人を病気で亡くします。その頃から夫婦の中で「人生の限り」について考えるようになりました。今の暮らしは永遠じゃないことをなんとなく理解し、このままじゃいけないんじゃないかという考えが夫婦の中で立ち上がってきます。会社依存の雇用形態や、都会での暮らし。漠然と環境の良いところへ移住したいという気持ちが芽生えてきたのが2010年頃のことでした。ただ、当時は子供が手離れしてからという気持ちがお互いにありました。

移住のきっかけ

移住するとしたら千葉の海の近くがいいねなんて話しながら、特に調べたり具体的な行動をとることもなく、ちょっと館山の温泉にいったりする程度でした。そんなことを思いながら暮らしているうちに2011年3月に大きく日本が揺れることになります。私たちも当然その揺れに飲まれました。当時7歳だった娘は、具合が悪からと学童を休み一人で自宅に帰宅して被災しました。他の子どもたちは保育園で被災。筆者も夫もそれぞれの会社で被災します。急いで自宅へ帰ると机の下で泣きじゃくる娘。呼吸が整うまで抱きしめ、下の子たちを迎えに保育園に二人で向かいます。揺れがおさまらない中、他の不安がる保育園の友達家族を自宅に招き一夜を過ごしました。夫は部下を送り届けて歩いて帰宅。そこからの記憶はとても曖昧ですが、あの頃のこの国の流れや社会の動向に違和感を感じたのを覚えています。その後、子供たちの健康や今の暮らしのあり方を夫と話し合いどうなるかわからないけれど移住をしてみようと決意したのを覚えています。なので、移住を計画的に考えて沖縄へ移住したわけではないので、筆者が伝えられることには限りがあるので、9年間に出会ってきた移住者たちや取材先で移住について伺った人たちの情報をまとめながらこのブログに綴っている次第です。

移住後の変化

家族全員健康に

沖縄へ移住をして暮らし始めてみると沖縄の生活の知恵のようなものを随所から学ぶことになります。特に食事に関することは、健康長寿と呼ばれた沖縄ならではの健康に役立つ情報や食材について学ぶ機会が増えます。食べることは「ヌチグスイ(命の薬)と長いこと言い伝えられておじいおばあが子供たちに食べさせてきた沖縄の食材は栄養が豊富です。素材の良さを生かした調理法をすれば日々の健康管理も十分食事からまかなえます。

朝・晩家族全員でご飯を食べる

個人的に移住して一番良かったと感じることは、家族全員で朝晩一緒にご飯が食べられること。東京でのサラリーマン時代では絶対に叶わないことでした。夕飯を食べながら、子供たちの1日の様子を聞いたり、時に喧嘩したり、時に進路について悩みを聞いたりと家族が食卓を囲んで話し合うことができる時間が増えたことは本当に良かったと感じます。どちらかというと東京時代は一人で子育てを抱えている負荷が多く、今思えば夫婦間での言い争いもそんなコミュニケーション不足からなるものでした。沖縄に移住して数年後に、「パパとママ喧嘩しなくなったね」と言われた時にハッとさせられました。

家族の時間が一番のプライオリティになる

サラリーマン時代は、子どものために、暮らしのために保育園へ預け、会社へ行き仕事をして終わったらまた保育園へ迎えに行き夕飯の支度をして子供をお風呂に入れてという日々の繰り返し。毎日がルーティーン化されていて思考せずにただただこなすという毎日でした。もちろん「家族のため」という前提でうごいてはいるものの、日中はほとんど保育士が子どもの世話をしてくれるので、子どもの成長と自分との距離が少し開いていた気がします。沖縄へ来てからは、私たち夫婦は勤め人になることは選択せず自分たちで事業を始めることを選びました。そうすると保育園が決まらなくても仕事をしながら子育てをし、子供が熱を出したら誰に気兼ねすることなく仕事の手を休めて子どもの世話をすることに必然的になります。沖縄に来てようやく子育てにコミットできている感覚が湧いて来ました。

移住のメリット

家族の繋がりが強くなる

移住してからというもの、夫とは24時間ほぼ一緒に過ごしています。仕事、子育て、家事などお互いで全て分担します。ここにはとくにルールのような決め事はありません。自然とどちらかがやったほうがスムースなものに担当が落ちついていきました。仕事のことも育児のことも一緒にいることで、常に話し合う環境が整っているので自然と繋がりが深くなっていきました。もちろん、これは9年目を迎える今だからこそ言えることで毎回毎回夫婦二人三脚で乗り越えるべきものをひとつずつ超えて来たからいえることです。

家族がお互いの手助けをするようになった

親戚も知り合いもいない沖縄に家族移住をして、日々の生活を送っていくうちに、子どもたちは子どもたちなりに必死な自営業の親の背中を見ているのか、自然と洗濯物や掃除、料理などの手伝いをしてくれるようになりました。以前のように決まった時間に会社に行って、毎月安定したお給料がもらえる環境ではないので、常に働いています。夫婦間の会話も家の中でも結局仕事の話になってしまったりすることもありますが、子どもたちはその姿を見てどんな人生を送りたいかそれぞれ考え始めてくれたらと密かな期待を抱いています。常に仕事について話し合っている姿を見ているおかげで本当によくお手伝いをしてくれる子どもたちになりました。親が手取り足取り子どもの面倒をみてあげるだけが子育てではありません。小学校に上がるまではかなり手をかけていましたが、小学校に入学してからはむしろ子離れの準備をしつつ、子供が自立するためのサポートという観点で子育てをとらえる必要がありそうです。そろそろ子育ての終わりも見えてきそうな今日この頃。沖縄に移住したメリットの一つとして家族のあり方が好転したことを今日の記事にして終わりにしたいと思います。

その他の移住に関するメリット

今までにご紹介して来た移住に関するメリットは下記のリストからお読みいただけます。ご興味のある方はどうぞご覧ください。