3人のベテランママが考える子育てのきほんの「き」

子育てきほんの「き」|ママの哲学

Riricoi Styleで始まった新しいエッセイ「ママの哲学」第2弾として、16歳、12歳、10歳の子どもを育てている沖縄在住のベテランママが考える「これからのミライを生きる子どもに必要な子育てとはなにか?」というテーマで大切な基本的な「基本のき」をお伝えしたいと思います。

子どもは授かりものではなく預かりもの

よく、昔は「子どもは授かりもの」と言われていました。実際に子育てをしていると「子どもは授かりもの」という考えに疑問が湧いてきます。なぜか。その由は、「授かりもの」という言葉は、「所有権を与えられる」という意味合いが含まれるからです。

子どもはおおよそのケースとして母親の体から生まれてきますが、だからといって生まれた子どもが「親の所有物」になるということは決してありません。この認識を乳児期、幼少期、学童期など成長期によって再確認する必要が頻繁に訪れます。この再確認を怠ると自立できない子どもに育つ例をたくさん見てきました。親となった私たちは、それがたとえ血縁でつながれていても、そうでなかったとしても親と子の立場は所有とは違う「固有の存在」であることをまずしっかりと理解することが子育てのきほんの「」となります。

  1. 子どもは預かりもの
  2. 子育ては子どもが自立し社会に出て行くまでの準備を手伝うこと
  3. 子どもは独立した「固有の存在」であること

子育てに正解はありません

どんなにベストセラーの育児書や教育に関する雑誌を読んでも、子育てに関する講演会やセミナーに足繁く通っても、あなたの子育てが正解になることはありません。その時間があるのならまず目の前の子どもとの時間を大切に使うこと。他人や友達、家族の子育てがよく見えて同じように育てても、それが自分の子どもにとって幸せとは限らないということをしっかりと理解しておく必要があります。

子育ては、わからないなかで、人と関わり合いながら、一つ一つの命を育くみ、社会で自立していきていけるように失敗を繰り返して、大人や地域も学びながら手放す行為です。

子育ては、生まれた瞬間から子どもを手放していく行為なのです。

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これからの未来に必要な「3つの力」

自分たちが受けて来た教育は通用しない

筆者が子どもの頃はまだ携帯電話もパソコンも一般家庭にはない時代でした。カラーテレビ、ビデオ、ファミコンなどが主流で、情報収拾はもっぱら「書籍・雑誌・漫画・テレビ・映画・新聞」という一方通行のメディアしか存在しませんでした。1990年代後半からインターネットが日本にも流れ込み、瞬時に国境を超えた情報を取得することが可能となり、2000年を境に急激に時代の変化が加速したのを覚えています。

筆者は1990年代後半からアメリカが母体の通信企業や金融機関などの現場でそのスピードを目の当たりにしていました。肩にかけたラジオみたいなサイズの携帯電話の時代から、次第に軽量で持ち運びやすい携帯電話が登場し、スティーブ・ジョブスによるiPhoneの発表には世界中が驚いたものです。iPhoneが登場したのは、娘が5歳のころでしたから2007年。まだ12年しか経っていないのにも関わらず、iPhone(その他スマートフォン含む)の進化は目を見張るものでした。それは同時に、「自分が親から与えられていた「子育て理論」が通用しないことを意味するのでした。

2019年、これからの未来を生きるために必要な3つの力とは

  1. 決める力
  2. 想像する力
  3. 生きる力

決める力

人間が自立するために必要な力は「決める力」です。特に日本人は自分で「決める」ということに消極的な人種です。「決める」という行為は、決めたことに対して決めた人物に責任が生じるからです。社会に出て一番厄介な部分となります。

責任の所在を明確にするための「決める力」を持ち得ていない人間は、社会での価値が下がり評価対象から外れてしまいます。実際に、社会では「指示待ち」世代が多く、なかなか仕事が進まないケースを目の当たりする日々です。小さい頃から「選ぶ」「決める」力を育むことで自立した人間に育ちます。

子どもは、自分が選んだことに対しては、自然と自分に責任があることを学びます。いつまでも親が決定権を保持し、指示を出し、「正解(その正解がたとえ根拠のないものだとしても)」のもとで育つ子どもは自分で何も決められなくなるぼんやりとした人間に育つケースが多いです。

なので、できる限り小さいうちから「決める」練習をすることが大切。決めたことを奪わず、アドバイスをする程度にとどめるといいでしょう。

想像する力

想像する力=「問い」を見つける力

現代社会における日本人の傾向として「問題」を見つける力に欠けている場面をよく見かけます。何が問題なのかを見つけられないと物事は進んでいきません。そして「決める」という行為には責任が生じます。故に決める根拠を自分で見出す力が必要となってきます。何かを選ぶ、決めるときにその後どうなって行くのかという想像力を持ち得ていれば、どんな選択も可能となってきます。「問い」の力は、ただ与えられたドリルをこなしたり暗記したりする訓練だけでは育ちません。想像力は「親子との対話」から育まれていくもの。子どもの「なぜ」を自分の「なぜ」にして考える訓練をして一緒に力をつけて生きましょう。

生きる力

2000年以降大きなパラダイムシフトが起き、情報化社会は歯止めが効かず情報が氾濫している中で「選ぶ力」「選ばない力」が生きる力となってきます。以前は大人が決めたことが正解だったかもしれませんが、時代の変わるスピードに社会も大人もついていけてない現実の中で、生きる力は子どもとともにつけていく必要があります。



これからの子育てに必要なコト

子どもの人生を生きない

多くの母親が陥りがちなのが「子どもの人生を自分で生きてしまう」という現象です。どういうことか説明すると自分がなし得なかった人生を子どもに委ねてしまうコト。「自分は大学に進学できなかったから、せめて子どもだけでもいい大学へ行かせたい」「自分はピアノを挫折したけれど、娘には挫折しない環境で習わせたい」というごく一般的な人が思う思想がまさにこれ。「子どものために良かれ」と思った発想ですが、まだ自我も生まれてないうちから、勝手な親の願望を子どもの人生に押しつけてしまうと子どもが「誰の人生を生きているのか」わからなくなり、長いこと悶々とします 。そしと溜まりに溜まってある程度成熟してから突然暴走しだすリスクを孕んでいます。

学校選びや習い事選びはこういった母親、父親の思想が強く関わってきます。子どもの人生を奪わずに上手に子育てをしていくためには、子どもが何に興味を抱くのか、じっくり時間をかけて観察してあげること、そしてその興味を伸ばしてあげることが親のつとめだと考えます。

「こんな大人になってほしい」というヴィジョンは自分がなればいい

子育てには正解がありません。しかし子育ては、待ったが効かない。だからみんな必死。でも、「こんな大人になってほしい」は完全な親の「エゴ」でしかありません。子どもがどんな大人になりたいかをサポートすることが子育てです。こんな大人になってほしいなら自分がその大人になってみればいいのです。子どもに押しつけるものではありません。

子育てにいらない危険な思想

親は無条件にえらいという意識

子育てがはじまった時は、新しい命に感動し、幸せな人生を送ってほしいと願う人が多いでしょう。でもいつしか、子どもは「こうあるべき」という思い込みに支配されていきます。それは溢れるほどの情報をいれすぎて、たくさんの正解を見ながら子育てを頑張ろうとする「善意」からくるものです。でも、子どもより親は本当にえらいのでしょうか?何を根拠に「えらさ」を図るのかをもう一度考えてみて欲しいと思います。

子どもから学ぶこともたくさんあります。子どもだって親の先生になることだって可能です。無意識に上下関係を固定化してしまう思想は、固有の存在として認めていないということです。もう一度言いますが、子どもは所有物ではありません。子どもが社会で自立して生きていけるまでの期間、そのための準備として預かっているという気持ちで接してあげましょう。

あなたのためを思って

母親の常套句「あなたのためを思って」という言葉は、善意の押しつけやときに暴力に変わります。子どもが希望することをそのまましてあげる行為には敢えてその言葉は使いません。「きっとこれをしてすることによって、自分の望む子どもになってくれるであろう」という無意識のコントロール意識が根底にあります。

もちろん子どもが0歳児や1歳児でまだ自分の意思を伝える段階ではに時期にはだれもが「子どものため」を思って育児に徹します。その時期のこう言った感情を相手である子どもに伝えることはありません。しかし、子どもに自我がめばえてもなお、「自分がなってほしい子ども」にさせるために母親は子どもから求められてもいないことをあの手この手を駆使して先回りしてやってしまうケースがあります。

そして子どもが反発した言葉を発しても「あなたのためを思ってやってるのよ」と何度も説き伏せることで小さいうちからマインドコントロールをしてしまいがち。これのどこがいけないの?と考える親御さんも多いかもしれませんが、大変問題があります。

「あなたのためを思って」やり続けた先に待ち受けているのは、自立できない大人がうみだされるということ。

「あなたのためを思って」という言葉は、子育てにおけるNGワードとして使わない努力を今日からはじめてみましょう。

最後に一番大切なこと

それは頑張りすぎないということ。育児は孤独です。悩んでも答えを見つけられないことがたくさんあります。そんな時は力を抜いて自分をトリートメンをすることをお勧めします。誰かに子どもあずけて美容院に行ったり、映画に行ったり自分がちょっとでもリラックスできる時間を作ることが長い子育ての中で必要になります。周りに家族がいなくても公的機関で預かってくれるサービスもあります。地域のサービスを利用しながら、自分がまず笑顔でいられるメンテナンスをしながら、メリハリのある子育てに。子どもの未来を明るくしたいなら、まずはお母さんの笑顔からはじめましょう。